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2013年3月12日火曜日


今日の名言

才能なきことを
憂うる必要はないが

熱意無きことを
恐れなくては
ならない

確かにその通りだ
才能など
後からいくらでも付いて来る
しかし
情熱は
自分の内からしか
湧いてこない

君の井戸は
まだ
枯れてないか?

『たまには撮りたいものをストレートに表現してみる』

2012年2月1日水曜日

修羅の如く


空の景色に圧倒される時がある
そんな時に感じる心と体が離れる様な感覚が好きだ
洞窟で光る石を見付けた時の興奮
もしくは夜道を散歩中に見る月虹の儚さに似ている
何も持って無くても雲は流れる
何かを持っていても空は青い
時に暗雲を呼び稲妻を光らせ
虹の橋を渡し
柔らかな光を届ける
無償で行う事の偉大さと
無表情で行う事のドライさ
僕は空が好きだ
死ぬまでに一度「地球は青かった」
的な事を心の底から自然に言ってみたい

『空を撮る時どうしても電柱が気になるものだが、果たして本当に気になるのか』

2012年1月28日土曜日

きっかけ



久しぶりの空の写真
人はつらい事があると上を向くものだ
そこには空があり雲がある
ただ悠久の時の中を風に吹かれている
誰かが何かで困っていても時は流れるし
地球は回る
目線の位置一つで全てがガラリと姿を変える
悩むのは大いに結構だし打ちのめされて這い上がるのもいいだろう
ただ絶望するにはまだ早い
なぜなら
地球はまだ回っているのだ

『ケータイにサングラスをかけると簡易フィルターになる』

2011年4月7日木曜日

フットボール

どんなに雲が厚くてもその上の空は必ず青い。
どんな言葉よりも真実だ。
真実を伝えるのに言葉はいらないのかもしれない。
ただし青い空の上には光も湾曲する暗い宇宙が横たわっている。
それをロマンと感じるか絶望と感じるか、そこが何かの分かれ目だ。
希望は絶望の後にはやって来ない。
サッカーに似ている。
ボールは諦めない者の前に転がって来る。

『写真は真実を伝えようとするが、それが事実とは限らない』

2011年2月25日金曜日

パンドラの箱

雲は流れる
風に任せて空を流れる
舟は流れる
波に任せて海を流れる
人は流れる
夢に任せて現を流れる
愛は流れる
想に任せて心を流れる
星は流れる
刻に任せて虚を流れる
時は流れる
運に任せて命を流れる
全ての中心にあるもの
パンドラの箱から最後に出て来たもの
希望

『同じ空には二度と会えない、撮り続ける事の意味を考える』

2010年9月30日木曜日

人は天の邪鬼だ
暑い日が続くと雨を望み、雨が降ると青空を望む
神がいない世の中では神を望み、神だらけの世界では無宗になる
太陽に神を感じるのは、僕の世界には戒律が無いからかも知れない

『奇麗だと思ったものはとりあえず撮る、そこから始めよう』

2010年9月29日水曜日

雨が上がって

雨の良い所は必ず止む所だ
どんな長雨もいつかは止んで青空がのぞく
人生もそうであってほしい
例え光届かぬ暗闇の道にあっても、いつかはかすかな光が差すだろう
それが月明かりでもその光は太陽につながっている
大切なのは信じる事、信じ続ける事
月並だが、明けない夜は無い

『ケータイカメラだとどうしても画角が似てしまう気がする、修行が足りない』

2010年9月11日土曜日

地球最後の日


空の表情は一秒毎に変わっていく
そこには確かに命があって鼓動が聞こえてくるようだ
この空の下には色々なドラマがあるのだろう
例えそれが地球最後の日だとしても

『電線が邪魔だとよく聞くが、電線には電線の都合がある
 ならば仲間はずれは可哀想だ(仲良くは人の基本)』

2010年9月10日金曜日

今日からしばらく写メ特集
ケータイカメラで出来る事を考えてみる
普段から重いカメラを持ち歩くのは大変、そこで活躍するのがケータイカメラ
最近の携帯電話はカメラに電話機能が付いた様なものもあるのでとても便利
さすがに画像は粗いけど、個人で楽しむ分には全然O.Kなレベル

『全てオートで撮影、虹もちゃんと写ってる。結構優秀かも』

2010年9月9日木曜日

おまぬけ


子供とはおまぬけな生き物である
そこが可愛いのだ
むしろ、そこを愛せない親はかわいそうだ

『青い空に白い雲を見ると無性に写真を撮りたくなる
 子供にモデルをお願いしたら、案の定普通のポーズはとってくれなかった
 それもまた良し』