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2012年4月24日火曜日

春夏秋冬






改めて自分の住んでいるところを見てみると
まぁいいところだ
春には花が咲き
夏には空が青く
秋には命が実り
冬には雪が降る
そんな当たり前の事が起こる場所
幸せは当たり前の日常の先にある
まぁ、いい場所だ
何よりここに家族がいるのがいい

『そう言えば僕の使っているケータイの機種を書いた事が無かった
 CASIOのW63CAだ(特に拘りがある訳ではなく機種変がタダだったのだ)』

2012年3月8日木曜日

強運


意味の無いカーブミラー
個人的にはこの何にもならない感が大好きだが
問題はこれが通学路にあると言う点だ
子供たちが通学している時間に霜でミラーが役に立たない不条理さ
世の中はうまく廻っている様で、実はいつだって綱渡りだ
それでも何とかやっていけてるのは
生まれながらに人類が強運の持ち主だからだ
いつか何処かで曇ったカーブミラーの先から巨大な何かがやって来て人類を飲み込んでしまうのだろうか
いつまで幸運が続くか分からないが
取り敢えずこの瞬間を頑張って生きて行きたい
願わくは日常が後千年続く事を祈りつつ

『毎度の事だが、ケータイでオート』

2012年2月1日水曜日

修羅の如く


空の景色に圧倒される時がある
そんな時に感じる心と体が離れる様な感覚が好きだ
洞窟で光る石を見付けた時の興奮
もしくは夜道を散歩中に見る月虹の儚さに似ている
何も持って無くても雲は流れる
何かを持っていても空は青い
時に暗雲を呼び稲妻を光らせ
虹の橋を渡し
柔らかな光を届ける
無償で行う事の偉大さと
無表情で行う事のドライさ
僕は空が好きだ
死ぬまでに一度「地球は青かった」
的な事を心の底から自然に言ってみたい

『空を撮る時どうしても電柱が気になるものだが、果たして本当に気になるのか』

2011年4月14日木曜日

神の舌


我が家では朝ご飯を食べ終わりまだ時間があれば、おやつを食べる事が許されている。
今日は久しぶりに早く朝食が済んだのでうちの子はおやつタイムに突入した。
真ん中にチョコが入ったチョコクッキーだ。
一口食べて怪訝そうに「これあんこクッキーだよ」と訴える。
パッケージにはチョコクッキーと大きく書かれている。
そんな筈は無いのだがと裏に書かれている原材料を見てみると、チョコの前に白あんと表記されていた。
要するにチョコを白あんで伸ばしていた訳だ。
それを一口で言い当てた我が子はさすがと言うべきなのだが、家ではあまり驚く事ではない。
彼の舌は神の舌なのだ。
それでいつも苦労させられている。

『青空とピンクのコントラストが奇麗な季節になった』

2011年4月8日金曜日

自然は強い
どんな状況でも桜は咲く
どんな状況でも地球は回る
どんな状況でも日は昇る
人は強い
どんな状況でも人は前を向く
どんな状況でも人は夢を見る
どんな状況でも人は笑える

『何も考えずオートで撮影、奥ピンに注意』

2011年2月26日土曜日

スピード

車中から見る風景は、まるで地球の早さに付いて来れない様な
置いてきぼりの子供の様な、そんな寂しさがある。
スーパーで母のコートの裾を掴み、ふと顔を上げると違うおばさんだった時の不安さにちょっと似ている。
はぐれたのは風景では無く自分の方かも知れない。
それでも時速300キロと言うスピードは全てを過去に変えていく。
刹那の間の中には考える時間も物思いに耽る時間も入り込む余地は無い。
便利になる事は何かを犠牲にする事なのかも知れない。
たまにはゆっくりと、自転車のスピードで春を探しに出かけてみよう。

『ケータイで狙って撮れるものではない』

2011年2月25日金曜日

パンドラの箱

雲は流れる
風に任せて空を流れる
舟は流れる
波に任せて海を流れる
人は流れる
夢に任せて現を流れる
愛は流れる
想に任せて心を流れる
星は流れる
刻に任せて虚を流れる
時は流れる
運に任せて命を流れる
全ての中心にあるもの
パンドラの箱から最後に出て来たもの
希望

『同じ空には二度と会えない、撮り続ける事の意味を考える』

2011年1月28日金曜日

休息

命は天へ向かって手を伸ばす。
草も人もみんな一緒だ。
太陽に向かって空に向かって。
空の青さが際立つ時、歩みを止めて胸の辺りを見てみるといい。
きっとうっすら見える、心から伸びる天へのばす手が。
その手が見えたならまだ大丈夫。
まだ頑張れる。
見えない人は休息が必要だ。

『坂道は素材の宝庫』

2010年12月25日土曜日

ホワイトクリスマス

ホワイトクリスマスにはならなかった。
雪が降ったら困るなどと考えるのは野暮な話だ。
雪は降った方がいいに決まってる。
子供ならきっとそう考える。
ならそれが正解だ。
頭で考えて困るとか面倒くさいとか大変だとかそんなのはどうでもいい。
大切なのは直感で楽しいかどうかだ。
大変でも面倒でもいい、人生は楽しい方がいいに決まっている。

『このアングルは何度も撮っている、定点撮影は10回目から効果が出始める』

2010年12月11日土曜日

レイリー散乱

夏っぽい秋。
空気が澄んでいるので青が奇麗だ。
何故空は青いのか?
素朴な疑問だが答えられる人は少ない。
実際に空が青い理由をちゃんと説明しようとすると、とんでもない事になる。
よけいに分からなくなる。
レイリー散乱(Rayleigh scattering)(レイリー卿ジョン・ウィリアム・ストラットにちなむ)は、波長よりも小さいサイズの粒子による光の散乱である。透明液体や固体中でも起きるが、典型的な現象は気体中の散乱であり、太陽光が大気で散乱されて、空が青くみえるのはレイリー散乱による。

散乱の量は粒子の大きさと光の波長による。散乱係数は波長の4乗に反比例する。

レイリー散乱の散乱係数ks は下式のようになる。

 k_s = \frac {2 \pi^5} {3} n  \left( \frac {m^2 - 1} {m^2 + 2} \right)^2 \frac {d^6} {\lambda^4}
nは粒子数
dは粒子径
mは反射係数
λは波長

これから波長の短い青は赤よりも多く散乱される。「夕焼け」・「朝焼け」は太陽と観測者の間に大気の存在する距離が日中と比べて長くなり、散乱を受けにくい赤色が届くことによる。一方で、日中には波長が短い青が観測者の方に散乱されることにより、空全体が青く見える。

光の波長と同程度以上のサイズの粒子(散乱体)による光散乱は粒子を球形と仮定した場合ミー散乱理論で扱われる。

光学計測にも用いられ、特徴としては、信号強度が分子数密度に比例し、分光法より高強度であることが挙げられる。トレーサとしては散乱断面積の大きい物質が用いられる。

散乱係数の波長と散乱粒子の大きさに関わるパラメータとしてサイズパラメータ

 \alpha = \frac {\pi D} {\lambda}
D:粒子直径
λ:波長

があり、

 \alpha \ll 1 はレイリー散乱、
 \alpha \approx 1 ミー散乱
 \alpha \gg 1  は幾何光学近似で表現できる。」    何のこっちゃ??
結論、空が青いのはその方が奇麗だから。

『計算で写真を撮るのもいいが、直感を信じるのもあり』

2010年10月1日金曜日

終わりを告げる鳥

突然秋がやって来た
夏の終わりを告げる鳥が飛んだからだ
全ての事象には終わりがある
その終わりを告げる鳥がどこかにいる
願わくは星の終わりを告げる鳥が飛ばない事だ
Photo by Sammy

『さすがにケータイカメラの限界を感じて来た
 写メ特集の終わりを告げる鳥がそろそろ飛ぶ気配を感じる』

2010年9月29日水曜日

雨が上がって

雨の良い所は必ず止む所だ
どんな長雨もいつかは止んで青空がのぞく
人生もそうであってほしい
例え光届かぬ暗闇の道にあっても、いつかはかすかな光が差すだろう
それが月明かりでもその光は太陽につながっている
大切なのは信じる事、信じ続ける事
月並だが、明けない夜は無い

『ケータイカメラだとどうしても画角が似てしまう気がする、修行が足りない』

2010年9月24日金曜日

仕事

嵐は嫌いじゃないが、今週末は晴れて欲しい
子供の運動会があるのだ
雨でも強行すればいいのにとも思う
みんながみんな土日休みでは無い
サービス業には辛いスケジュールを、平気で世の中は突きつけて来る
それに付き合うにはウェディングフォトグラファーと言う職業はかなりハードだ
しかも仕事始まりが遅く平日休みでふらふらしてるから、周りの人達には働いてない様に思われている
ある日近所の子供が聞いて来た「おじさん働いてないの?」
子供は裏表が無くて好きだ
僕に似ている

『飛行機雲を撮りたかった、斜めに撮っても良かったかなとも思う』