2011年3月20日日曜日

AKB48

正座してAKB48を見る我が子。
そんな歳になったのかと見守る父。
お気に入りはまゆゆらしい。
AKBには頑張って貰って早く経済が活性化するといいなと思う。
地震の影響で関東の結婚式が軒並みキャンセルらしい。
確かに微妙な問題ではあるが、個人的には出来るのならやって欲しい。
せっかくその日に向けて頑張って来たのだから報われて欲しいものだ。
とは言え、こればっかりはどうにもならない事があるのもまた事実。
なにせ自然が相手だ。
今回の震災で関東の経済が東北の人達によって支えられている事がよく解った。
結局繋がっているのだ。
関西に逃げるのも一つの方法だが、ここは踏み止まって東北の復興に尽力を尽くすのが最善の手だと思う。
全て自分に帰ってくるのだ、いい事も悪い事も。
がんばれ日本。
がんばれAKB。

『ケータイのレンズが汚れていてソフトフィルター効果になってしまった。
 意図的にやるのもおもしろい』

2011年3月19日土曜日

乙女椿

ケータイカメラで出来る事
花を奇麗に撮るぐらいの事は出来る
雪だるまを可愛く撮るぐらいの事は出来る
空を鮮やかに撮るぐらいの事は出来る
ネコをブレながら撮る事も出来る
子供の笑顔をピンボケで撮る事も出来る
なら
人が出来る事は何だろう
僕が出来る事は何だろう

『旬の花はとりあえず撮ってみる、季節を感じる為に』

2011年3月18日金曜日

石灯籠

子供の通学路に石材店があり、そこの見本が地震で倒れた。
お墓でも被害が出ている事だろう。
墓石は重い。
人の力で動かせるものではない。
この倒れた石灯籠も一週間ほど放置されていた。
同じ様に放置されているものがまだ沢山ある。
出来る事から一つずつ。
ゆっくりと確実に直していこう。

『報道として被害にあったものにカメラを向ける時は敬意と覚悟がいる』

2011年3月17日木曜日

地ダコの炊き込みご飯

せめて写真でごちそうを。
皆お腹がすいている。
写真を見てもお腹はふくれないが、頑張る力がほんの少しでも出ればいい。
地ダコの炊き込みご飯ダブルドアーズ風。
一刻も早くみんなが笑いながら食事出来る日を祈りながら・・・
タコには関係無いが、最近気になる事が一つ。
みんな流され過ぎだ。
放射能とか食料品とか燃料とか、みんなどうかしている。
今現在で東京の放射線量は0.2マイクロシーベルト。
これは、胸部レントゲン写真を撮る際の被爆量の1万分の1らしい。
だから平気だと国は言う。
僕が言いたいのは0.2が高いか低いかでは無く、
そもそもレントゲンやCTが異常なのだ、と言う事だ。
何処かの村で健康診断をやめたら村の発ガン率が下がったらしい。
みんな平気で健康診断は受けるくせに被災地に荷物を運ぶのは嫌らしい。
とは言え、原発付近は放射線量が当時のチェルノブイリの2倍とか。
チェルノブイリはこの先600年人が住めないとゆう話だ。(僕の記憶が正しければ)
福島はどうなのだろうか?
それはそれとして、レントゲンの他にみんなが気にしなさすぎのものが他にもあるのでちょっと紹介。
「フッ素」そもそもアメリカの産業廃棄物で、川に垂れ流しにしていたものが問題視された。
そんな時、川の下流の住民がたまたま虫歯になりづらいとゆう事が判明。
因果関係を調べた所フッ素に骨を高質化させる作用がある事が分かったものだから、垂れ流ししていた企業はこれを武器にフッ素は良いものだと世論を誘導したのだ。
結果フッ素は日本に売りつけられる事になる。
子供の歯をフッ素コーティングする話はよく聞くが、フッ素が産業廃棄物で骨をもろくする作用があり発がん性分質だと知っている人は少ない。
そもそも工場が川に垂れ流した廃棄物が体に良い訳がない。
少し考えれば分かりそうなものだが、大衆コントロールは怖い。
インフルエンザの予防注射も怖いのだが、長くなったのでそれはまた次の機会に。

『食べ物は窓際で撮る、メニューをレフ代わりに使うといい』

2011年3月16日水曜日

放射線量

高尾山で十善戒なる物を見付けた。
いい事が書いてある。
まさに今みんなに必要な言葉だ。
  1. あらゆる生命を尊重しよう
  2. 他人のものを尊重しよう
  3. お互いを尊敬しあおう
  4. 正直に話そう
  5. よく考えて話をしよう
  6. 優しい言葉を使おう
  7. 思いやりのある言葉を話そう
  8. 惜みなく施しをしよう
  9. にこやかに暮らそう
  10. 正しく判断しよう
今ガソリンや食料品、日用品等を買い占めに走っている人には是非見てもらいたい。
東京電力にも見てもらいたい。
全ての人に見てもらいたい。
p.s

『通り過ぎざまにケータイにて撮影、やはり便利』

2011年3月13日日曜日

大津波

大雨が降った日の恵比寿だ。
駅への道が全て水没した。
僕も含めて皆困っていたが、それでも誰も死んでいない。
津波はこんなものの比ではない。
一瞬で人が、家が、町が消える。
訳の分からないまま巻き込まれる、異様な怖さが天災にはある。
防災バッグの準備とか非常時退路の確保とか、そんなものは全く意味のないものに変えてしまう。
どう気を付ければいいのだろう?
どう覚悟を決めればいいのだろう?
住む場所を変える意外の方法が思いつかない。
いずれにしろ運次第なのだろう。

『ケータイのメモリーカードはなるべく大容量の物を使う、
 いざと言う時に使える準備』

2011年3月12日土曜日

大地震

地震が来た。
大きい。
ここは4階なので揺れも増幅される。
机の下でもうダメかもと思った。
改めて生きている事の素晴らしさを感じた一夜だった。
外は民族大移動の様な光景でとにかく人がいっぱい歩いていた。
レストランも閉まっているか満席。
スーパーのレジは長蛇の列でお弁当やカップラーメン、パン等も全部売り切れていた。
この日の売り上げは過去最高だったに違いない。
皆生きる事に必死なのだ。
僕も含めて、今はただ朝日のありがたみに感謝。

『レンズに届く光は全て過去の現象、だが写真はそれを未来につなげる力があると信じたい』

2011年3月11日金曜日

死に際

二度目の登場の名も知らぬ植物。
小学校の近くの中央分離帯に植えられているやつだが、昨日市の職員がやって来てゴミ袋に入れていた。
写真を見て分かる様に枯れている訳でも汚い訳でもない。
年間スケジュールに沿って別の植物に植え替えたのだろう。
ちょっと悲しくなった。
スケジュール通りに捨てられる命。
人は限りなくエゴイストに出来ている。
問題なのはそれを自覚していない所だ。
数ヶ月前似た様なシーンを目にした。
その時は植物では無く犬だったが。
京王線の電車に犬がひかれていた、白いラブラドールだ。
そのぐったりした犬を駅員二人は談笑しながらゴミ袋に入れていた。
人は限りなくエゴイストに出来ている。
生き物の死に際さえ笑う事が出来るらしい。

『前回と同じマクロで撮影、ピントに注意』

2011年3月10日木曜日

レクサス

名前は忘れたが、何にでも変身出来る手強いやつ。
最近はご無沙汰だが、子供との戦いごっこで無敵の戦士だ。
ご無沙汰の理由はお互いヒートアップしすぎて最後は喧嘩になるから。
反省。
そう言えば(無理矢理話題を変える)、
聞いた話によると、うちの子が通う小学校の給食のおじちゃんおばちゃんは、結構な高給取りだそうだ。
管轄的には市の職員だか都の職員だか忘れたけど、とにかく教員とは違う管轄になるらしくて待遇も全然違うらしい。
教員は車通勤NGだけど給食のおじちゃんはレクサスで悠々やって来る。
そして早々に帰っていく。
年収800万だとか・・・
妻とその会話になったとき「じゃぁ給食のおじさんで一生終われる?」と聞かれて、
「無理」と一言。
仕事に差別はないが、人には向き不向きがあるし出来る事と出来ない事がある。
僕はやりたい事の為に仕事はできるが、お金の為の仕事はできない。
だからきっと一生レクサスには乗れないだろう。
そんな事よりも早く子供と爆丸がしたい今日この頃だ。

『透明なものを撮る時は影を使うか反射を使う』

2011年3月9日水曜日

平



同じ空を撮っているのにテーマの違いで随分イメージが違うものだ。
僕の中ではカテゴリー的には一緒なのだが・・・
少なくともうちの息子は蜘蛛の写真を見て悲鳴を上げるだろう。
その時点で彼にとっては蜘蛛写真の意味など気持ち悪い意外ない。
だけど蜘蛛好きにはたまらないかも知れない。
逆に日食の写真を嫌う人は少ない筈だ。
日食写真に無償の愛を注ぐ人もいないだろうが・・・
好きと嫌いの振り幅は比例する法則。
すごく好きな人がいればすごく嫌いな人がいる。
万人がそんなに嫌いでなければ、そんなに好かれてもいない。
ならせば平だと言う事。

『蜘蛛を撮る方が難しかった、なぜなら夜だったから』