2010年12月27日月曜日

エスマーレ

光の道。
我が城へと続く光の道。
この坂を上ると小さいながらもスタジオを完備したエスマーレのオフィスがある。
そこでは日々赤ちゃんや妊婦、結婚記念などの撮影が行われている。
「撮影の質がいい」とどのつまりそこなのだ。
この仕事は難しい。
見えないものを売るのは難しい。
僕たちが扱っているのは写真ではなく信用だ。
日々の努力でしか信用は語れない。
来年も心新たに写真と真面目に向き合って行きたい。
エスマーレのギャラリーを見て一人でも多くの人が「写真ていいな」と感じて貰えたら幸いだ。

『雨の直後は撮影チャンス、そうチャンスは必ずやって来る』

2010年12月26日日曜日

赤は特別な色。
ヒーローの色。
三倍増しの色。
時間を短くする色。
虫を遠ざける色。
暖かい血の色。
そして、太陽の色。
来年も全ての人が幸せであります様に。

『濡れた色は美しい』

2010年12月25日土曜日

ホワイトクリスマス

ホワイトクリスマスにはならなかった。
雪が降ったら困るなどと考えるのは野暮な話だ。
雪は降った方がいいに決まってる。
子供ならきっとそう考える。
ならそれが正解だ。
頭で考えて困るとか面倒くさいとか大変だとかそんなのはどうでもいい。
大切なのは直感で楽しいかどうかだ。
大変でも面倒でもいい、人生は楽しい方がいいに決まっている。

『このアングルは何度も撮っている、定点撮影は10回目から効果が出始める』

2010年12月24日金曜日

ツリー

12月になるといつの間にかクリスマスツリーが家族に加わる。
飾り付けは毎年子供の仕事だ。
年々腕を上げている。
最近の7歳は侮れない。
置いてあるプレゼントは全て子供のものばかりだ。
ここにサンタとトナカイからのプレゼントも加わり、クリスマス当日はさながらおもちゃ屋の様になる。(大人は子供からの手作りカードと笑顔で十分なのだ)
そのままお正月に入り誕生日へとなだれ込む。(うちの子は1月4日生まれ)
冬は出費がかさむ・・・
だからと言ってクリスマスと誕生日を一緒にやるとか、正月と誕生日をくっつける様な事はしない。
誰もクリスマスと正月を一緒にやらないのと同じだ。
イベントの数だけ子供から笑顔が貰えるのだから。

『ケータイで撮った後にフォトショップでソフトをかけてみた』

2010年12月23日木曜日

光合成


窓から差し込む光は壁に影を落とす。
時にそれは芸術を生み、時にそれは怪物を生む。
光の幻影は人々の想像力を餌に巨大に育って行く。
写真として絵画として物語として・・・
太陽の輝きはもはやただの光では無く、限りなく神に近い存在なのかも知れない。
全ての生き物がその恩恵を受けてこの星の上に立っている。
光は誰にも平等に降り注ぎ、闇もまた平等にやって来る。
人は一人でも生きて行けるが、日の光なしには生きられない。
我々生き物は地球の上で光合成をする一つの細胞に過ぎないのだ。
ただ近くにお気に入りの細胞がいれば頑張ってたくさん光合成もするし、激しく動き回ったりもする、とても単純な細胞だ。
クリスマスの夜に一人きりで過ごす人もいるだろう。
除夜の鐘を聞かずに一人眠る人もいるだろう。
お正月の朝を誰とも言葉を交わさずに過ごす人もいるだろう。
きっと役割があるのだ。
一つ一つの細胞に役割がある様に。
僕は信じたい、全ての事象に意味がある事を。

『どちらもケータイのオートで撮っただけ』

2010年12月22日水曜日

6000年

もうすぐクリスマス。
年に一度サンタクロースが死に物狂いで働く日がやって来る。
現在の世界人口は69億人。
その中の子供が占める割合は想像もつかないが、10億人は下らないだろう。
364日遊んで1日だけ働く夢の様な仕事だが、1日で10億以上のプレゼントを渡すのは凡人には不可能だ。
そうゆう意味でもサンタさんは特別な存在なのだろう。
もしこれがサンタクロースでは無く、チンギス・ハーンだったら
きっとクリスマスはこんなに華やかにはならなかっただろうし、
プレゼント交換の習慣も無かったかも知れない。
多少商業ベースに乗ってる感はあるが、それも含めてクリスマスは楽しいのだ。
体に悪いと知っていながらつい飲んでしまうコーラの様に。
余談だが過去6000年に存在した全ての人口のおよそ5分の1が現在の人口らしい。
このまま行くと・・・

『ビルのネオンを撮ろうとしたらコカコーラ車が来たのですかさず撮影
 +αを常に求めたい』

2010年12月19日日曜日

革命(戦闘機)

子供によくおやつをくれる家。
居心地がいいのか最近猫が住み着いた。
うちの近所には猫がいっぱいいる。
砂場には猫のうんちもいっぱいある。
たまに玄関のドアにマーキングされる。
そいつが頭に来るかやれやれと思うかで、
人の器の大きさが決まると猫好きは考える。
撃退するのは簡単なのだろうが、人はそこまで傲慢になってはいけない。
あらゆる事に謙虚になるべきだ。
働く事に、食べる事に、寝る事に、笑う事に、生きる事に、愛する事に、
あらゆる事に謙虚であるべきだ。
そうでなければこの世はいがみ合いや争いだらけの世界になってしまう。
そんな世界に子供を住まわせたいだろうか?
自分の子を愚かな人間にしたいだろうか?
そんな人達と自分は一緒に暮らせるか?
そんな世界はぜったい嫌だと思うが、
悲しい事に現実は理想とほど遠い。
だから、猫を撃退してはいけないのだ。
ひとりから始まる革命もある。

『人の家を撮る時は細心の注意が必要、通報されない様に』

2010年12月17日金曜日

冬将軍



冬将軍がやって来た。
手下の氷六角坊と霜男爵に戦闘員の怪人霜柱たちを引き連れて。
将軍の凄いところは皆が寝てる間に侵略を終わらせるところだ。
誰にも悟られる事無く静かにそして確実に仕事をこなして行く。
職人の鏡だ。
さらに凄いのは冬将軍を嫌っている人が少ない事だ。
むしろ子供達には大人気でさえある。
世の戦争もこうであって欲しいと思う。
皆が平和でハッピーになれる、そんな侵略なら大歓迎だ。
みんな冬将軍を見習うべきなのだ。

『三枚ともケータイのマクロモードで撮影、ピントさえ合っていれば何とかなる』

2010年12月16日木曜日

ハードボイルド

60件。
この数が多いか少ないかは主観によるところだが、
去年の6月4日から今年の11月4日の17ヶ月間に学区内で目撃された不審者の数だ。
登校日のみの情報なので計算すると274日に60件。
一週間に1件の割合になる。
毎週必ず不審者が学校の近くに出没するとゆうのは、果たして安全な世の中と言えるのだろうか?
世の親はよく平気で子供を一人にさせるなと思う。
何がどう転がって事件になるか分からない。
もしかすると桜の木の下に誰かが埋められているなんて事もあるかも知れない。
排除出来る危険ならば排除した方がいいと思うのは僕だけなのか、
他所の子供達は今日も自分の身は自分で守るタフな生き方をしている。
子供にハードボイルドはまだ早い。

『苔が奇麗だった、そこを目立たせたかった』

2010年12月15日水曜日

キャプテンフューチャー

この空は宇宙につながっている。
こうゆう空を見るとそう思える。
お金さえあれば宇宙に行ける時代になった。
まさに金で夢を買う世の中だ。
でもロケットで大気圏を突破しなくても、
音速を超える戦闘機で成層圏に上がらなくても、
僕たちはいつでも宇宙を感じる事が出来る。
銀河系最大の科学者であり冒険家のカーティス・ニュートンも言っている、
「子供の頃は空を飛べたよ
草に寝転び心の翼広げ何処へだって行けた僕だった
君を愛した時忘れてた翼がもう一度夢の空飛ぶ事を教えた
どっちを向いても宇宙 どっちを向いても未来
どこまで行っても宇宙 どこまで行っても未来」
光すら歪む果てしなき宇宙へ、愛機コメットを駆るこの男。
人は彼をキャプテン・フューチャーと呼ぶ。

『例の如くオートでパシャ』

2010年12月12日日曜日

ジャンケン

桃栗三年柿八年。
長野に実家があり、昔から栗羊羹と言えば栗100%のものを食べて来た僕としては多少なりとも栗に親しみは持っていたが、ここで更に栗に近づくとは思わなかった。
近所には柿の木も沢山あって、自然がいっぱいだ。
桃もあれば良かったのにと思う。
家の庭にも柿を植えようかという話も出たが、種から植える柿は必ず渋柿になるのと、柿が好きなのは僕だけだと言う事もありあっけなく却下された。
多数決は嫌いだ。
必ず僕が負ける。
そんな時はジャンケンに限る。
おすすめは「わがままジャンケン」だ。
例え負けても屁理屈で勝ちをもぎ取れる力技なのだが、
あまり多用すると子供に嫌われるので注意が必要。

『木の影と落ち葉を多めに入れて秋らしさを出してみた』

2010年12月11日土曜日

レイリー散乱

夏っぽい秋。
空気が澄んでいるので青が奇麗だ。
何故空は青いのか?
素朴な疑問だが答えられる人は少ない。
実際に空が青い理由をちゃんと説明しようとすると、とんでもない事になる。
よけいに分からなくなる。
レイリー散乱(Rayleigh scattering)(レイリー卿ジョン・ウィリアム・ストラットにちなむ)は、波長よりも小さいサイズの粒子による光の散乱である。透明液体や固体中でも起きるが、典型的な現象は気体中の散乱であり、太陽光が大気で散乱されて、空が青くみえるのはレイリー散乱による。

散乱の量は粒子の大きさと光の波長による。散乱係数は波長の4乗に反比例する。

レイリー散乱の散乱係数ks は下式のようになる。

 k_s = \frac {2 \pi^5} {3} n  \left( \frac {m^2 - 1} {m^2 + 2} \right)^2 \frac {d^6} {\lambda^4}
nは粒子数
dは粒子径
mは反射係数
λは波長

これから波長の短い青は赤よりも多く散乱される。「夕焼け」・「朝焼け」は太陽と観測者の間に大気の存在する距離が日中と比べて長くなり、散乱を受けにくい赤色が届くことによる。一方で、日中には波長が短い青が観測者の方に散乱されることにより、空全体が青く見える。

光の波長と同程度以上のサイズの粒子(散乱体)による光散乱は粒子を球形と仮定した場合ミー散乱理論で扱われる。

光学計測にも用いられ、特徴としては、信号強度が分子数密度に比例し、分光法より高強度であることが挙げられる。トレーサとしては散乱断面積の大きい物質が用いられる。

散乱係数の波長と散乱粒子の大きさに関わるパラメータとしてサイズパラメータ

 \alpha = \frac {\pi D} {\lambda}
D:粒子直径
λ:波長

があり、

 \alpha \ll 1 はレイリー散乱、
 \alpha \approx 1 ミー散乱
 \alpha \gg 1  は幾何光学近似で表現できる。」    何のこっちゃ??
結論、空が青いのはその方が奇麗だから。

『計算で写真を撮るのもいいが、直感を信じるのもあり』

2010年12月10日金曜日

電車

子供が風邪をひいた。
咳がひどかったので病院へ行ったのだが、その途中突然「カメラ貸して」と言うのでケータイを渡したところ駅の渡り廊下から写真を撮り始めた。
ガラスに埋め込まれた針金をちゃんとよけて撮っている。
それがこの一枚だ。
電車もセンターに来ているし平行も合っている。
秋になると突然増える自称プロのアルバイトカメラマンより、よほど上手いなぁと親バカな事を思ってしまう。
普段から僕が写真を撮ったり、妻が絵を描いたりするのでうちの子の中では写真や絵が身近になっている。
環境が才能を育むと言うのはきっとこうゆう事なのだろう。
− 撮影後に一言、「こう撮らなくちゃ」−
全く誰に似たのやら・・・

『人が撮ったものを批評していいのは、自分も批評される覚悟があるものだけだ』

2010年12月9日木曜日

川の流れのように

水の流れは止まる事を知らない。
川の流れ、海の波、雨の雫、落ちる涙。
かたちを変えながら水はどこまでも進んで行く。
人もそうありたい。
流動 的でありながら前へ前へと歩みを止めない。
そうありたいと思う。
静止している様に見える海もやっぱりゆっくり動いていて、
知らない砂浜へと確かにボトルを届けるのだ。
まだ見ぬ誰かに想いを伝える為に、今日も水は流れる。
そして僕は写真を撮る。
ちなみに上の草原スペースではカモが昼寝をしたり、
たまに下校中の子供が体を鍛えている。

『川を撮る時は光を入れると雰囲気が出る』

2010年12月8日水曜日

トムとジェリー


追うと逃げるもの。
泥棒と警察、ネズミと猫、ボールと犬、金と人、アイドルとファン、男と女。
追うから逃げるのか、逃げるから追うのか。
実は大概のものは追わなくても手に入る。
きっと手に入れるのが目的ではなく、追う過程を楽しんでいるのだ。
逃げて追って絆は深まって行く。
この二人もそうやって大切なものを暖めて行くのだろう。
トムとジェリーの様に。

『個人的にはB/Wが好き、アマチュアならそれでいいが、
 プロとして求められるのはクライアントの好み』

2010年12月5日日曜日

朽葉色

エノコログサ。
もともと犬の尻尾に似ている事から、犬っころ草と呼ばれていたものが訛ってエノコログサになったらしい。
今では猫じゃらしとして定着している感がある。
つまり犬より猫が強いと言う事だ。
不思議な事に名前はいろいろ変化して行くのに、それ自体は何ら変わる事無く存在し続ける。
本人にしてみれば呼び名などどうでも良く、ただそこにいる事が大事なのかも知れない。
回りの目を気にしない強さが雑草にはある。
実はアワやキビはエノコログサの変異体であるらしい。
今では食用としては認識されていないが、粟の原種であるので食べられるのだ。
若い葉と花穂は軽く火であぶり醤油などで味付けしたり、天ぷらにしたり。
味はポップコーンに似ているとか。
ただし終戦直後大量に食べて中毒を起こした人がいるので食べ過ぎには注意。
農村では酷い飢饉の際にカラスムギなどと共にこれを食用したこともあった。
オオエノコロは粟の遺伝子が流入しているので食べやすい。
また、猫じゃらしの名の通り、これを用いてじゃらすことができる。
朽葉色の猫じゃらしを見ると秋を実感する。

『風に揺れる猫じゃらしをケータイで撮るのは大変、
 是非マスターしてもらいたい、撮影の幅が広がる筈』

2010年12月4日土曜日

近所のアイドルふーちゃん。
何をしても怒らない温和な猫だ。
名前を呼べば喉をゴロゴロ鳴らしながらやって来る。
名前を呼ばなくてもニャーニャー言いながらやって来る。
動物が苦手なうちの子もふーちゃんだけは特別だ。
怒らない事が分かってるから安心していじくっている。
逆撫でしたり、しっぽを持ったり、お腹を抱えたり。
それでもゴロゴロ言い続けるふーちゃんは本当に偉大な猫だ。
でも、どうやらふーちゃんには裏の顔があるらしい。
近所一帯の猫を束ねるボスらしいのだ。
ふーちゃんを見ると、本当に強いものは何があっても動じないのだと改めて思う。
まさに男の中の男、ボスふー。
今日も喉を鳴らしながらシマの見回りに行く。

『写メをフィルムっぽくしてみた、どう処理するかで違う絵になる』

2010年12月3日金曜日

Q10


ドラマのQ10がいい。
前田敦子には興味なかったが電王がらみで佐藤健が気になってドラマを見出したらハマった。
セリフといい動きといいロボットのQ10が妙に可愛い。
見た事の無い人は是非DVDで見て欲しい。
内容も結構奥深いものになっていて、ただのアイドルドラマではないのだ。
主人公が鉄塔好きと言う事で撮ってみた。
今まで鉄塔に興味は無かったが、撮ってみると何気に難しい。
次はもう少し時間をかけて撮ってみたい。
「行き場の無くなったサヨナラはどこへ行くのカナ?」


『カラーで撮ったものをセピアにしてみる、まるで違うイメージだ』

2010年12月2日木曜日

クリスマス

AM6:30
朝起きると空が奇麗だったのでベッドルームの窓から撮影。
太陽はまだ山の向こう。
淡いブルーの空に綿菓子が浮かんでいるようだ。
こうゆう風景を毎日見られるのは田舎の特権だ。
通勤は大変だが、きっと僕は都会には住めないだろう。
歩いていても楽しくないし発見も驚きも感じない。
クリスマスの時期は確かに街並もライトアップされて奇麗なんだけど、
それでも漆黒の闇に浮かぶ天の川の輝きにはかなわない。
一面の銀世界に足跡を残すウサギの可愛さにはかなわない。
だからといって北海道に住みたいとも思わないが・・・
めまぐるしく変わる街の景色とイルミネーションを眺めながら、
家に帰って子供の寝顔を見てほっとする。
そんな生活を今は楽しみたい。

『空は撮るのが楽だから好き』

2010年12月1日水曜日

ポストカード


うちには時々モンスターが現れる。
今日はミイラ男が出た。
こんなに可愛いミイラ男ならいつでも大歓迎、と言う訳にもいかない。
トイレットペーパーを1ロール使うからだ。
この大量の紙は様々な経路を経て和紙に姿を変えポストカードに変身する。
運が良ければ子供から手作り絵はがきが貰える。
運が良ければだ。
いつかこの子が大人になり自分の子供から手作りのプレゼントをもらった時に気付くだろう。
この一枚の絵の重みを。

『ケータイで逆光は難しい、露出補正が必要だ』